足利三代将軍、足利義満により四十万坪の広大な敷地に造営された北山弟(きたやまてい)。天下統一の象徴として建立された舎利殿(塔と同じ意味)を四代将軍義持は、舎利殿、法水院、不動堂の三堂だけ残しその他の建物を全て破壊した。応仁の乱にも舎利殿は焼失せず昭和25年に放火されるまで残った。 その後再建され、現代に至る。